矛盾のように思えるが、列記とした事実である。
僕に愛しているというその言葉も、僕を否定するその言葉も、全て同じ人間から放たれる物だった。
彼女の赤い唇は、さんざ僕を否定した上でしかし愛していると呟く。
罵倒するのに愛してしまう、しかし彼女は加虐趣味の権化というわけでは、ない。
愛しているのに罵倒してしまうというのが実際のところであるらしいのだ。
それは、やけに卑怯な事柄として僕の目に映った。
彼女が僕を愛する事、それは僕の彼女に対する抵抗権の喪失を意味する。
僕などという存在を愛してもらっているというのに、どうして抵抗など出来るものか。
「■■」
彼女は僕の名を、優しく、甘ったるく、吐き気が擦るぐらい愛情を込めて、呼んだ。
「何、母さん」
僕は笑顔で返答する。
返答したはずだったのに、僕の顔を見て彼女は厭そうな顔をした。
どうしてそんな不自然に笑うの何かのあてつけのつもりなの、と。
以前はどうして笑わないのかと問い詰められたから、その解決策だったのだけれど。
そううまく行かないものなのかも、知れない。
「ごめんなさい」
貴方の怒る声聞かないためだったら僕は死んでもいいといったらきっと笑うでしょうね。
嘘を吐くな冗談も大概にしろと、笑うんだろう、な。
なら実際に死んで見たら貴方はそれを信用してくれるだろうか。
それは絶対に起こすことがないからこそ羽ばたかせる事のできる妄想。
彼女の姿をじっくりと見つめる。
年の割りに綺麗だ、とは思う。
ただ何か物足りない。
あのよく動く喉にナイフが刺さっていたらもっと美しいのじゃないのだろうか、何て。
そうしたら僕に愛を囁く事僕を罵倒する事、何もかも出来なくなるだろうに。
だったらきっと僕達は、いい友人になれるはずだ、と。
階下で男女の罵りあう声を聞きながら、僕は己が解体される夢を、見た。
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