かみさまがおしえてくれたの、と少女は笑った。
「こんなに素敵な人がここにいるって事」
「こんなに愛しい人がここにいるって事」
「この人の為に生きるって事」
「それが幸せなんだって事」
ああ、人じゃないんだっけ、と屈託無く言う少女。
この少女は戦場で、驚く程に人が変る。
その豹変振りはまるでとりつかれたようで。
神がかっていて。
病んでいて。
恐ろしく。
美しかった。
「ジャンヌ! もういいお前は下がってろ!」
「私の心配をするぐらいなら下がっていなさいフランス! 私は、」
私はあなたの為に戦っているのです。
気高く崇高で。
俺を愛しているというには、余りも純潔な感情。
それは多分、恋なんかじゃなくて。
そして、愛でも、ないのだろう。
「いたあい……痛いよお……」
「ジャンヌ? 大丈夫か? 見せてみろ」
「フランス……」
肩に傷を負って泣く少女。
この少女はただ幼いだけ。
幼すぎて、愛せない。
だけど、自分の事を愛してくれるのは、恋してくれるのは、この時の少女だけ。
嗚呼、何て、上手くいかないんだろう。
そして最期に、俺は少女が女へと変わり行く瞬間を、見た。
「神様あ……熱いよ……フランス……っ……たすけ、」
それは禍々しい光景だった。
少女は泣き叫び、大人たちは笑い、そして火は焚かれている。
俺は動く事を許されなかった。
動こうとすると、押さえつけられた。
その時。
泣き叫んでいた少女の顔が、歪んでいた少女の顔が――変った。
聖女のように神々しく――堂々と、安らかな、顔に。
一瞬、時が止まった、気がした。
「仰せの通りにいたします」
澄み渡る声。
その瞬間、俺は、助けようともがくのを、やめた。
だって彼女はもうあの少女ではなかったから。
少女でなくなった彼女は、戦場の時と同じように、俺の感情を拒むのだろう。
拒んで、それで幸せなのだ。
一人の中には二つのしあわせが、ある。
それは多分普通に恋し愛するしあわせであり。
国のため神のため、誰かのために生きる幸せなのだろう。
そしてそのどちらの場合でも――彼女は、俺を、愛した。
「死んだぞ」「火を止めろ」「さらし者に」「聖女ではないことを」「ただの人であることを」
だから半分焼けた彼女の姿が晒された時も――俺は動かなかった。
下半身を露出させられた侮辱的な姿、それでも。
少女の彼女ならばそれを侮辱ととっただろうが。
戦場の彼女ならばそれを相手にもしなかった、だろうから。
「――何も、残してくれなかったんだ」
生まれ変わる体さえ、残してもらえなかった。
悼まれるべき灰され、残してもらえなかった。
俺に昔語りを強要した男は、静かに言った。
「らしくもないな、フランスよ」
俺はお前の言い訳なんぞ聞きたくない、とせせら笑う。
彼女と似た所のある皇帝は――続けた。
「惚れた女も守れずどうした? それでも貴様はフランス人か。良いか」
――不可能と言う言葉は、フランス的ではない。
後の世に「我輩の辞書に不可能と言う文字はない」で知られる、この男の口癖を――辛辣に言い放った。
「ふん。まあいい。その少女の事を俺は全面的に評価させてもらおう。名誉挽回という奴だ――で、何と言ったかな、その少女」
彼女の名前。
彼女の名前は――
「――ジャンヌだよ」
「ジャンヌ・ダルク」
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